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車を降りて砂の上をもどかしげに前へと進むお前が、肩越しに振り返った
手に持った袋の中には、何種類もの花火
「やっぱり、ロケット花火からやろうよ」
ここへ向かう車の中で出ていたはずの結論が、あっという間に翻る
「風、強い。ターボライターにしといて良かったね」
海開き前の海岸は、徐々に近づきつつある台風のせいか、
人影がまったくと言って良いほど無かった
サンダルを脱ぎ捨てて裸足で歩く後ろ姿が、月明かりに照らされて
まるで、綺麗に創り上げられた映像を見ているかのようだった


花火大会に行くよりも、
『二人きりで花火がしたい』
何かの折に、そう告げられて
『あぁ』
頷くと、お前は
『じゃあ、約束だよ?』
嬉しそうに、顔を綻ばせた


ロケット花火が飛ぶたびに、声を上げてはしゃぐ横顔
強い風に揺れる火花から、逃げ惑うワンピースの後ろ姿
打ち上げ花火は、風をものともせずに綺麗に散って
残ったのは、一束の線香花火


「じゃあ、火つけるね」
渡された一本の線香花火に、火がついて
「お前―――――」
本当は、花火大会に行きたかったんじゃないか?
そう、尋ねようとした瞬間、風に煽られた先端がいっそう強く火花を散らせた
「・・・・・・やっと、二人きりになれた」
遠く海の向こうを見つめながら、綺麗な横顔を見せるお前がそう呟いて
「制服を脱いだだけじゃ、二人きりにはなれないって」
ちょっと寂しかったから、うれしい。
小さな声が掠れて、耳に届く。
「全部、火つけちゃおっか」
湿った空気を拭うように、残りの線香花火を持ったお前が
「きっと、大きな火の玉ができるね」
揺れる先端に、火を灯した
散る火花を満足気に眺めていたその顔が、こちらを向いて
微笑むから――――
誘われるように、その唇を奪って
最後の線香花火が燃え尽きたその時
夏が終わる、音がした













芥川 慈郎




一枚のタオルケットを二人でかぶって
夏の終わりの昼下がり
夏の初めには扇風機が起こす風に揺れてたキミの髪も
今は窓の外から抜ける風と、身じろぐ俺が揺らすだけ
サラサラと、指で少し梳いてみたら
くすぐったそうに笑ったキミが、目を開けた
「寝れない?」
目の前に居るキミに、自然と声は小さく掠れる
「ジロちゃんこそ、寝ないの?」
受験勉強の合間の昼寝の時間
だけど、全然眠くならないのは、腕に抱いた温もりが
思いの外、熱い気持ちを揺り起こすせい
「扇風機、そろそろしまわなきゃね」
俺以上に俺の部屋を把握してるキミが、
夏の初めに引っ張り出してきた扇風機
クーラーの風は、体に悪いからって
「どうしたの?」
俺の腕から抜け出して起き上がったキミが
腕と、心と、両方に、
ぽっかりと、小さな隙間を空けた
「今、しまっちゃおうか」
そう言って、立ち上がって
伸びたコードをくるくるとまとめはじめて
そのまま
ちっとも俺の方を向いてくれない
どうせ寝ないなら
 ―――――ねぇ、扇風機よりも俺を構ってよ
肩からかぶったままのタオルケットごと
キミの背中に抱きついて
「扇風機は後でいいし」
 ねぇ―――――俺を、構ってよ
くすくすって、面白そうに笑われても
可愛い、とか男にとっては不名誉な感想を賜っても
俺は素直にしか、言えないから
廻って廻って、やっとわかる言葉とか
キミをメロメロにするテクニックとか
そんなの、あんまり持ってないから
だからさ
「俺を、構って?」
ずっと、ずっと
俺だけを、構っていて?













宍戸 亮




 ―――――歩くの遅ぇな
二人きりで初めて歩いた、その感想
人込みの中でまごつくお前に、ため息をこぼしながら
それでも、いつの間にか笑ってる自分に気付いた
 ―――――このままじゃ、はぐれるのも時間の問題だな
手、つないでおいた方が、いいんじゃねぇか?
だんだんと、自分に都合の良い方向へ流れていく思考回路を
祭りの、熱気のせいにして
人込みの隙間を抜けながら少しずつ俺の方へと歩を進めるお前に
俺は手を差し伸べる準備をした
「あっ」
一つ声を上げて屋台に視線を流したお前が、突然俺の視界から消えて
慌てて周囲を見回すと
「亮も食べるー?」
少し離れた屋台の前から、そう問われた
「いらねぇ」
答えながら視線を逸らすのは
早鐘を打つ、心臓のせいだ
 ―――――急に消えてんじゃねぇよ
「・・・・・・亮?」
いつの間にか俺の目の前に居たお前の右手には、りんご飴
左手には、着てる浴衣と同じ柄の巾着
「・・・・・・行くぞ」
どうしようもなく、苛立つ心も隠せずに
「どうしたの?」
心配そうな視線を向けられても、どうしても向き合うことができない
歩調をお前に合わせて少し緩めて
それっきり、黙り込んだまま人の流れに沿って歩く
屋台の切れ目まで、何も言わないまま
視線も合わせないまま
「ねぇ・・・・・」
お前の声に振り向いた俺の視界に、半分も減ってないりんご飴が映った
「いつまで食ってんだよ」
その右手から、りんご飴を奪って
「え?」
空いた右手を、攫った


一口だけ齧ってみたりんご飴よりも、妙に甘ったるい
そんな感情が心を占めていく
二人きり、初めて歩いた、夏祭りの夜













跡部 景吾




南から上ってきた低気圧が、街を覆い隠すように
水滴なんて言えない量の水を降らす
窓の外を見てみても、屋根から滝のように流れ落ちる水で
そこには自分の顔さえ映らない
そんな窓に張り付いて、
じっと外を見ているのは――――――
「ね、景吾!見て見てっ」
満面の笑みを浮かべた、恋人
遊びに来たまま、この低気圧の上陸により帰れなくなって
今に至る
「光った!来るよ来るよ来るよー!」
きゃー!
歓声が先か、地鳴りのように響いた音が先か
とにかく、雷がどこかに落ちたらしい
「窓開けていい?」
駄目に決まってる
さっきからコイツの言葉には、初めて二人きりで過ごす夜だというのに
その気概がかけらも感じられない
「ほら、さっさと寝ろよ」
肩に手をかけてベッドへと押しやると、途端に
「エッチー」
小学生並の反応が返ってくる
とにかく、さっさと寝てほしくて
俺はその腕を掴んで促した
「とにかく、寝ろ」
タオルケットとシーツの隙間にその細い体を押し込んで
俺がベッドから離れようとすると、
「景吾はまだ寝ないの?」
揺れる大きな瞳は、言葉にしなくてもわかる
確実に『ずるい』と言っていた
「俺はソファーで寝るんだよ」
せいぜい俺の夢でも見てくれよ、お姫様
ソファーなんかで寝なきゃならねぇ、俺のためにな
「じゃあな」
おやすみ、と小さく告げると
タオルケットの隙間から伸びた指先が、俺の指に緩く絡んで
どうした?と問うよりも早く起き上がったその顔が、
なにか言いたげに口を開いて、またきつくつぐんで
「・・・・・・寝ないの?」
「あーん?寝るっつってんだろーが」
応じた言葉は残念ながら期待に沿えてはいなかったらしい
「だから・・・・・・」
ため息をこぼしこぼし、何か思案するように上を見たり下を見たり
「なんだよ」
仕草も表情も、
サイズの大きなパジャマの、隙間から覗く白い肌も
いちいち俺を煽るから―――――
「一緒に・・・・・・寝ないの?」
聞こえた言葉を理解できずに、俺はその場に立ち尽くした
「ちょっと、楽しみにしてたんだけど」
コイツの言葉に、それ以上の意味なんてない
ただ、『一緒に寝る』のを『楽しみにしてた』
それだけだ
パジャマの裾をツンツンと引かれて、
ねぇ、と催促されれば、逆らうことなんかできやしない


アクシデントがもたらした、初めての二人きりの夜は
ただじっと、耐える夜













忍足 侑士




照りつける日差しが芝生を揺らめかせるのを眺めながら
今日も、カウントダウンが始まる
腕時計に視線を落として
5、4、3、2、1――――――――

ゼロ

「うひゃーーー」
歓声を響かせながら、散水を始めたスプリンクラーの上を飛び跳ねるんは
今日も元気なお姫さん
長い髪が濡れるんも構わずに
「忍足も来なよー!」
白い陽にぱちぱちと輝く水滴を跳ね上げて
楽しそうに笑っとる
「眼鏡濡れるやんか」
濡れたら、お姫さんの顔も見えんようになるし
「どうせ伊達でしょ!」
外しちゃえば?なんて、簡単に言ってくれるけど
「あかん」
見え過ぎる視界が嫌でかけとるのに、外したら意味ないやん
「楽しいよー?」
眼鏡越しに見える、綺麗に笑うお姫さん
この眼鏡はちょっとした抑制装置なんやで?
「毎日毎日さー、眺めてるだけで楽しいの?」
そんなん
「楽しいに決まっとるやろ」
俺が答えると、跳ねるんをやめて首を傾げたお姫さんが
「ふーん、変なの」
小さく口を尖らせて、俺の方を向いた
「・・・・・・ま、いっか!」
後ろを向いてまた飛び跳ね始めたその背中が陽に透けて
「ねー、忍足も来なよー」
また思い出したかのように俺の方を向く胸も陽に透けて
「来ーなーよー!」
大きな声を張り上げる度に、濡れて張り付いたシャツが少し揺れる
「はしゃぐのはえぇけど、見えとるで―――――」
俺が最後まで言い切らん内に、自分の胸元に視線を落としたお姫さんが、慌てて駆け寄ってきた
「見るな、バカ!」
小さな手の平で目元を覆われながら
「俺の目隠す前に、自分の胸隠した方が」
早いんと違うか?
なんてうっとうしげに零しながらも、目元が緩んどるのは
しゃあない
俺も、男の子やしな