特赦のそそぐ、今宵は終幕を迎え。
犯した罪は、瞑々裏。
やがてその身に、降りそそぐ。
「愛していた、だけなのに」
強い風の吹き抜ける、そこに立ち。
「――――――つもりなんて、なかったのに」
風の音に、震える喉に、その声は途切れ途切れ。
「こんなハズじゃなかったのに」
靴も脱がぬまま、躍らせる体。
風の中へ。
夜の中へ。
犯した罪の、その中へ。
これもまた。
変わらぬ『今日』の、物語。













最終夜












正面玄関から、反対側のその端へと。
「ない、な」
いくら歩き回ってみても、用務員室はどこにも見当たらなかった。
「普通、一階だよな」
大石が上げた声に、それぞれが頷き。
「用務員さん、もう一回通りかからないかなー」
諦めたように座り込んだ菊丸がそう言うと。
「・・・・・・・・・え?」
河村が目を見開き、小さく声を上げた。
「あ!そっか、合流する前だったもんな」
用務員さんと会ったの、と言う言葉も聞いているのかいないのか。
河村は海堂と目を見合わせた。
「あの、さ―――――――用務員さん、て?」
聞かれた言葉に、菊丸が言葉を繋ぎ。
「巡回中だったみたいでさー、呼び止められてすっごい焦――――――」
「ちょっと待て・・・・・・どういうことだ、河村?」
河村と海堂の表情から何かを読み取ったらしい乾は、菊丸の言葉を静かに遮って言った。
「用務員なんていない・・・・・・よな?」
河村から言葉を振られた海堂は、小さく頷いた。
「十年前に宿直の用務員が屋上から飛び降り自殺したんで、それから用務員は雇ってないらしいっスよ」
海堂の言葉に、全員が顔を強張らせた。
「さっき、午前零時五分、て聞いた時思い出したんですけど」
低い声を聞きながら、は徐々に体が冷えていくのを感じていた。
そんなの様子に気付いたのか、海堂は一端言葉を区切ると、遠慮がちに声を潜めた。
「その用務員が腕にしてた時計が、午前零時五分で止まってたって」
つまり。
「あの話は実話が元になってるってことか・・・・・・?」
乾の言葉に、海堂は静かに頷いた。
「でも、でもっ、本当かどうかわかんないじゃない?噂でしょ?」
必死に自分に問いかけるの様子に、海堂はなんとも言えずに黙り込んだ。
そんな海堂に助け舟を出すかの如く、河村が再び口を開いた。
「ウチのクラスに、怪談話が好きな連中が居て、さ――――――
調べに行ったんだよ、図書館まで」
新聞をさ、と言う河村の言葉に、徐々に真実味が増していく。
「小さかったけど、記事になってた・・・・・・・・・・て、話を」
学校に着くまで海堂としてたんだけど、と言って河村が口を閉じるとその場は静まり返った。
「・・・・・・最近になって、また雇ったのかもしんないじゃん」
ハハ、と乾いた笑いを漏らした菊丸が強張った顔のまま言った。
「でも、ウチの学校、警備会社と契約してるし―――――」
つまり、コンピューターで人の出入りが制御されてるため用務員は不用で、さらに夜の校内は無人であるはずだ、と言いたいのだろう。
「柵によじ登ったり、鍵壊したりすると警報が鳴るようになってるし」
それで忍び込める場所を探してて遅刻したんだ、と河村は言った。
「え・・・・・・、でも俺達、門よじ登って入ってきたけど」
菊丸の言葉に。
「あぁ、俺達もだ」
手塚も、口を開いた。
「警報なんて、鳴らなかったよな?」
「あぁ」
もう、全員が気付いていた。
何かがおかしい事に。
嘘を吐く必要のない現状で、噛み合わない話。
すべてが嘘で無いのだとしたら。
これは一体、どういう事だろうか。




ワンッ、ワンッ




響いた鳴き声に、全員が廊下の端へ目を向けた。
「え・・・・・・アレ、犬?」
菊丸の言葉を受けて、ハッと顔を上げた乾が。
「『異界へと誘う犬』、か・・・・・・?」
そう言うと。
「でも、あっちは裏庭側の廊下だろう?正面玄関は反対側だぞ?」
手塚がその犬に視線を留めながら、そう返した。
「というか、アレは―――――――さっきの犬じゃないか?」
付け足されたその言葉に、全員がまじまじと犬を見る。
「あぁ、本当だ」
確かに首輪の色も毛並みもその色も顔も、さっき廊下の外を走って行った、手塚と乾が校舎の外で出会った、その犬に間違いなかった。
「どうして校内に・・・・・・」
大石の言葉には、菊丸が答えた。
「きっと迷い込んだんだよ!外まで送ってやろっぜぃ!」
明るい声を響かせた後、菊丸がその犬の方まで走り寄ると、その分犬も遠ざかった。
「あ、おーい、待てよー!」
逃げる犬を追いかけて走り出した菊丸を追いかけて、全員の足も動き出した。








「英二、犬は?」
「外行っちゃったよー・・・・・・追いかける?」
菊丸が指差した先で、裏庭へと続く扉は開け放たれていた。
「そうだな、迷い犬なら保護しないと―――――」
大石と菊丸の会話を遮るように、再び鳴き声が聞こえた。
その鳴き声を頼りに足を進めると、そこには先程の公園があった。
「学校の外に出たみたいだな・・・・・・どうする?」
警報が鳴り響くような事態は、できれば避けたい。
「こっちこっち!」
その声に振り向くと、河村が少し離れた場所から手を振っていた。
「さっき、俺達ここから入ったんだ」
指差したその場所は、柵が折れて人が一人通れるくらいの隙間ができていた。
「これ、危ないんじゃないっスか?」
『呪われちゃった、ね』の一言に打ちのめされ、ずっと涙目で黙り込んでいた桃城が、我に返ったかのように口を開いた。
「あぁ、そうだな。明日、先生に報告しておこう」
すでにその隙間から外へと出ていた手塚は、そう答えると園内に視線を巡らせた。
その後ろに、いち早く校内から出た人間が続く。
そして、最後に不二とが残った。




 向う横丁の、お稲荷さんへ、一銭あげて




「・・・・・・・手毬唄?」
柵の隙間に身を滑り込ませようとしていた不二が、顔を上げた。
「どうしたんだ?」
動きを止めた不二に、手塚が声をかける。
「手毬唄、が・・・・・・」
不二の後ろからそう言ったの視線は、うろうろと落ち着きのないものだった。
「手毬唄?」
返す手塚は訝しげに眉をしかめている。
「もしかして・・・・・・聴こえないの、かな?」
不二がそう言う合間にも、唄声はどんどん大きくなっていく。




 向う横丁の、お稲荷さんへ、一銭あげて
 ちゃっとおがんで、お仙の茶屋へ
 腰をかけたら、渋茶を出した
 渋茶よこよこ、横目で見たらば
 米の団子か、土の団子か、お団子、団子
 この団子を、犬にやろうか、猫にやろうか
 とうとう、とんびに、さらわれた





「不二、少しずれてくれ」
達の様子がおかしいことに気付いた乾が、再び柵をくぐり内側へと戻った。
「―――――――『向う横丁のお稲荷さん』、だな」
乾がそう言った途端、唄声は傷の付いたレコードのように。




 とうとう、とんびに、さらわれた


 とうとう、とんびに


 とうとう、とんびに


 とんびに、さらわれた





その唄声は、公園から響くというよりは、直接脳内に響いてるかのように聴こえた。
「どうしたんだよー」
身じろぎもしない三人に、菊丸が声を上げた。
「あ、あぁ、今行く」
乾が顔を上げ、再び柵の隙間へ身を滑り込ませた。
不二ともその後に続く。
園内に足を踏み込んだその瞬間、もう唄声は聴こえなかった。








「こっちこっちー」
呼びかけられて、茂みの中を覗き込んでみると、そこに菊丸は居た。
「・・・・・・・・・神社?」
三段程の階段の上に小さな鳥居。
その向こうには左右を守る二つの狐があった。
「稲荷神社、だな」
そう言う乾の声は、いつになく固かった。
「こんな所に神社が・・・・・・?」
「学校の方向からは、茂みが邪魔をして見えなくなっているようだ」
「けっこう、新しいみたいだね」
その小さな神社の手前で三人が足を止めていると、また犬が鳴いた。
今度は立ち止まったまま逃げる様子の無い犬に、菊丸が歩み寄る。
しかし、抱き上げようとすると、犬は軽い動作でその手を避けた。
「あー、もーっ!飼い主はどこだよ、飼い主はっ」
捕まらない犬に焦れた菊丸が声を上げた。
その次の瞬間。
「シロー?」
背後から女性の声が聞こえ、鳥居の手前で立ち止まっていた三人は振り返った。
「飼い主の方、ですか?」
乾が聞くと、その女性は小さく頷いた。
「えぇ・・・・・・あの、青春学園の生徒さん、よね?」
覗うような視線を向けられ、乾は苦笑しながら口を開いた。
「そうです・・・・・・校内に迷い込んでいるのを発見したので」
そう言って乾がシローに視線を向けると、女性は納得したように笑みを浮かべた。
「ご迷惑おかけしたみたいで、ごめんなさいね」
乾に向かって一度頭を下げたその女性が、「シロー」と呼びかけた。
しかし、シローはその場から動こうとしなかった。
「まったく・・・・・・いつもね、いつの間にか家を抜け出して、この神社まで来てるのよ」
女性は苦笑しながら、乾に向かって言った。
「この神社が好き、なんですね」
乾が言葉を返すと。
「そうね、きっと」
返って来たのは、寂しげな微笑みだった。
「思い出の場所、なのかしらね」
何かを思い切るかのようにそう言った女性が、シローの方へ歩み寄った。
「さぁ、帰るわよ」
しかし、シローは頑なにその場から動こうとしなかった。
「どうしちゃったのかしら・・・・・・」
首を傾げる女性に。
「うーん。さっきからずっとなんだよねー・・・・・・こんなちっちゃい神社のどこが好きなんだよ、お前ー」
暗くて怖いじゃん、とシローの前にしゃがみ込んだ菊丸が、頬を膨らませた。
「シローは生まれつき後ろ足が弱くてね、それを治してくれたのがここのお狐様だったのよ」
菊丸の横に腰を屈め、女性は優しい声でそう言った。
「子犬の頃の話だけど・・・・・・足が悪いせいで他の兄弟と一緒に散歩に行けないシローが可哀相だって、
ウチの娘は毎晩シローを連れてこの神社に通ってたの」
「え?コイツ兄弟居るの?」
「えぇ。四番目に生まれたからシロー。単純な名前でしょ?」
そう言って、女性はクスクスと笑った。
「ウチの娘も、このお狐様が大好きでね。小さな頃は、よくせがまれてここまで来たわ・・・・・・
それで、その公園のベンチで少し休んでね、帰るのよ」
懐かしむようなその声が、小さな神社に静かに染み渡る。
「娘さんは青学に通ってらしたんですよね?」
思い当たるところがあるかのように、手塚が口を開いた。
その言葉に、乾も顔を上げた。
「え、えぇ・・・・・・・・・・・もう、十年も前になるけど」
女性は戸惑うかのように眉根を寄せて、頷いた。
「今でも毎晩散歩してらっしゃるんですね」
「・・・・・・いえ?」
確信を得たらしい手塚の言葉に、返って来たのは不可解そうなものだった。
「娘は・・・・・・・・・十年前、散歩の途中に――――――」
その言葉に、今度は手塚と乾が戸惑いがちに眉根を寄せた。
「事件に巻き込まれたのか、どうなのか・・・・・・・・・今もまだ見つかってないのよ」
「他に、娘さんは?」
「いえ?どうしてそんなことを・・・・・・?」
女性に問われて、手塚と乾は目を見合わせた。
そして、乾が口を開き。
「今日、九時過ぎ頃に、学校の前でシローを連れた女性が・・・・・・・・・彼女も、青学に通っていた、と」
その言葉に、女性の目はこれ以上ないと思われるほど見開かれた。




ワンッ、ワンッ



シローの鳴き声が、止まっているかのように思われた時を動かして。
「い、乾ってば、なにかの勘違いじゃないのー?」
菊丸が、口を開いた。
「そう、だな」
乾がぎこちなく頷き。
「てか、シローってばさっきからなにやってんだよー」
菊丸はシローの前足を勢い良く掴んだ。
「うわー、足真っ黒じゃん」
猫の砂かけのような仕草を繰り返していたシローの前足は、土にまみれてすっかり黒くなっていた。
「ちょっ・・・・・・」
掴んだ前足を振り払われ、菊丸がバランスを崩した。
シローはというと、菊丸の手を振り払ったその足で再び砂かけのような仕草を繰り返している。
「もーっ!」
キレかかった菊丸に、大石が「まぁ、まぁ」とその肩を叩いた。
「シロー、ここを掘りたいのか?」
大石が問いかけると、シローは一度大きく吠えて、その場にお座りをした。
「なんでこんなとこっ――――――」
「宝物かなにか、大事なものが埋まってるのかもしれないじゃないか」
菊丸をなだめるようにそう言うと、大石は女性の手に目を向けた。
「そのシャベル、少しお借りしていいですか?」
犬の散歩に必要不可欠なものであるそれを借りると、大石は少し掘り返されたその場所を、さらに深く掘り起こし始めた。
しかし、けっこうな深さまで掘り進めても、そこには何も埋められてはいなかった。
大石が諦めるような素振りを見せると、シローは再び大きく吠え、その前足でその場を掻き始める。
仕方なく、太めの折れた枝などを集めてきた他の人間も手伝って、その場を掘り続けた。




カツ




「あれ?今、なんか当たった」
全員で掘り起こしたその穴は、すでに犬に作れる程度のものではなくなっていたが。
「掘れ!」
なんか当たった、という菊丸の言葉にその場は湧き上がった。
そして、数分後。
土の中に埋まるものの正体を見た全員が、顔を強張らせた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・警察に電話だ」








終電もはるか前に通り過ぎた駅前から赤い光が上ってくるのを見ていた。
光に呼応したサイレンが聞こえ始め、やがて静かに目の前に止まったパトカーからは数人の男性が降り立った。
夜が更けていく。
真実はいくつも交差して、やがてすべてが『今日』になる。








七不思議探検隊一行はそのままパトカーに乗せられ、駅前の警察署まで来ていた。
そこに居た理由。
そこを掘り起こすまでの経緯。
そんな事を聞かれ、さらに長い説教までされた一行が開放された頃には夜も明けていた。
出土した人骨は十代の女子のものだった。
その後、歯形、歯科医院での治療痕で、それがあの女性の娘のものである事もわかった。
そして『十年前』という言葉に奇妙なデジャブを感じた河村が女性に尋ねると、その娘のいなくなった日が、
青学で用務員の飛び降り事件が起こった日と同日であることがわかった。
それぞれが家路に着いた後、眠れもしない数時間を置き、一行は再び集まった。
先日河村が訪れたという、大きな図書館の前に。
が言い出した事だった。
十年前の、夏。
その日の新聞を広げ、端から目を通す。




『用務員が屋上から飛び降り自殺
  ・・・本日未明、青春学園中等部に勤める用務員の鳶田雄一さん(25)が、同校屋上より飛び降り自殺を図り死亡』




簡潔な言葉の横に、その用務員の顔写真が載せられていた。
山崎では、なかった。
その後、遅めの登校をした先でまた説教を食らい、その流れで聞きだした話によると、
用務員が雇われたという事実はこの十年の間、一度もないそうだ。
下校途中、昨夜一度も警報が鳴らなかったことを受けてセキュリティーの点検にやって来た数人が、
門や柵を念入りに調べているのを目にした。
しかし、いくら調べたところで異常なんて一つも無いであろう事を、達は察知していた。
不可思議な体験は、やがて卒業を迎えるその日までも、たびたび話題に上った。
そして思い出す。
あの夜、土の中から彼女が顔を覗かせたあの瞬間の事を。
ざわついていた風が、一瞬にしておさまり。
樹々の合間をすり抜けた月明かりは、ゆらゆらと白く淡く揺れて。
彼女の上に、降り注ぐ。
それはまるで、小さく何度も落とされる口付けのように。
月がそそぐ、小さな口付け。
まるで彼女の安らぎを、幸せを――――――懸命に、願うかのように。








七不思議の軌跡にあるものは、語られぬ『今日』
恐れて厭う人々に、手を伸べて
救われる日を、待っている




七、響く足音  そして、終幕