ねこじゃらし代わりの言葉を揺らして、姫さんをじゃらす
揺れる言葉に目を眇めて
微かに頬を染めながら
その真偽がわからんみたいに、頼りなく眉を寄せるから
いつも、俺の口をついて出るのは








「一生懸命な顔――――――可愛いで?」












ねこじゃらし












なんとも表現しがたい音を立てた後、軽く跳ねたボールが今、俺の足元でその動きを止めた。
場所は模擬店の並ぶ広場の片隅――――――立海大付属が営業する『スマッシュDEビンゴ』の前。
「あ、あの・・・・・・・・・・・」
震えた声の向かう先は、片手で後頭部を押さえたまま立ち尽くす真田の背中。
「す、いませ・・・・・・・・・・」
微動だにしない背中に向かって、そう言いかけたが、喉を震わせて言葉を止めた。
横から顔を覗き込むと、その両目に溜まった水が、今にも決壊して溢れ出しそうになっとった。
その背中を、慰めるフリでもして叩いたら――――――こぼれるやろな。
抗いがたい衝動に、俺の手が揺れた。
そして、の背中にそっと手を伸ばしかけた瞬間。
「いや、大丈夫――――――」
そう言いながらゆっくりと振り返った真田が、驚愕の表情を浮かべ言葉を切った。
「な、泣くな!たわけがッ!」
その言葉に、慌てて視線をへ戻すと。
「ご、ごめんなさ・・・・・・・・」
ダムが決壊したかの如く、その両目からボロボロと涙をこぼしとる顔が目に入った。
「・・・うちの姫さん、泣かさんといてくれるか?」
あぁ?と。
先を越された、て思いが、俺の眉間にシワを刻む。
「当たり屋みたいなヤツやの」
笑いを含んだ言葉に視線を流すと、景品のぬいぐるみを手で玩びながらこっちを見とる仁王が目に入った。
俺と目が合うと、仁王はもう一度小さく笑い、の方へと足を進めた。
「お嬢さん、お嬢さん。狼の前で泣いたらいかんよ?」
「何言って――――――」
クマの形をしたぬいぐるみの手を持って、器用に動かしながら口を開いた仁王との間に、俺が足を割り込ませようとした瞬間。
「狼?・・・・・・クマじゃ、ないんですか?」
まだ少し涙の残る瞳を瞬いたが、小さく口を開いた。
「クマ?・・・・・・あぁ、そやね。どこからどう見ても、クマじゃ・・・・・・」
そこまで言って仁王はククッと喉を震わすと。
「可愛いお嬢さんやの」
そう言った。
、もうええやろ。行くで」
これ以上ここに居っても気分が悪くなるだけや。
そう思った俺がの手を引くと。
「でも、」
その声とともに、掴んだ手がスルリと抜けて。
「あの、すみませんでした・・・・・・大丈夫ですか?」
真田にかけよると、は心配そうにその顔を見上げた。
「あぁ」
いかつい顔で短く答える真田に、の目がまた潤んだ。
「だ、大丈夫だと言っておるだろうが!あんなもの痛くも痒くもないわ!」
『あんなもの』とは、がゲームの最中に放った暴投のことや。
真田の後頭部で跳ね返って戻って来たボールは、まだ誰にも拾われないまま地面に転がっとる。
真田と跳ね返ってきたボールの距離を見ただけで、それが結構な威力をもってぶつかったてことがわかる。
痛くも痒くもなかったわけないのに、そこまで言ってみせるのは、泣いとるをどう扱っていいかわからないからやろ。
その心遣いはありがたい、けど。
そう言う真田の頬が微妙に赤く染まっとるのが、気に食わん。
、もう行くで!」
大きな声でそう言って踵を返すと、後ろからパタパタという足音が小さく聞こえた。













「気にせんでええ、あんなんアイツにとったら大した事やあらへん」
祭りの熱気を避けて人の居らん方へ向かって歩きながら、真田の後頭部の心配ばかりしよるに。
「でも・・・・・・」
少し苛立ちながら、俺は言葉を続けた。
「大丈夫やて言うとるやろ」
意識せんでも徐々にキツさを増す俺の言葉に、は一瞬黙り込んで。
「そもそも、忍足先輩のせいじゃないですか」
キッと俺を睨みつけながら、そう言った。
「『俺のせい』?はー?何のことやろか」
は俺の言葉に、馬鹿にされたと思ったのか、声を荒げた。
「打つ瞬間に、忍足先輩が変なコト言うから外しちゃったんじゃないですか!」
そう言う目元は、まだ赤い色を残しとって。
「変なコト?そんなん覚えないわ。言いがかりやで」
「言ったじゃないですか!なんか・・・・・・その・・・・・・あの」
眉をしかめながら、俺を睨んでたその目が伏せられる。
「『なんか、その、あの』?そんなん言った覚えないわ」
「違いますよ!一生懸命な顔がっ・・・・・・・・か、可愛い、とか、なんとか」
言ったじゃないですか、と。
語尾に向かってどんどん小さくなった声は、最後は掠れてよう聞きとれんかった。
「はー?そんなん言ったかぁ?よう覚えとらんわ」
そう言った瞬間、の頬に赤味が増した。
「もういいです!先輩の馬鹿!」
それだけ言うと、は後ろを向いて走り出そうとした。
俺が慌ててその肘を掴むと、もう一方の手がこぶしを作って俺の顔面に飛んできた。
それを手の平で受け止めると、は悔しそうな顔で俺を睨みつけた。
「こんな猫パンチ、当たると思ってたんか?」
思ってたんやろな。
せやから、こんなに悔しそうな顔しとるんやろ。
「そんなウサギみたいな目ぇして睨んだって、可愛いだけやで?」
肘とこぶしを掴んで、拘束したまま。
「真っ赤になっとるやんか・・・・・・ほんまに、泣き虫やなぁ」
顔を覗き込むと、その目がキツさを増した。
「いい加減、私で遊ぶのはやめてください!」
珍しく俺の心の内を悟ったかのようなの言葉は聞こえんフリで、俺はその目元に口づけた。






なんであかんの?
俺は遊びたい
俺は、で――――――だけで、遊びたい






いつも警戒をおこたらんようにして、横顔ばかり見せるくせに
俺の視線を釘付けて止まんから
必要以上に振り回して、その視界を独占したくなる






ねこじゃらし代わりの言葉に、簡単に飛びつくくせに
嫌がってるみたいに言うのは、卑怯やで
俺が本気にしたらどないするの?
もう遊んでやらんて言うたら、絶対泣くくせに
裏っ返しの言葉も、俺やからわかってあげられるんやで?




せやから
これからも大人しく、俺にじゃらされとったらええよ
これからも、ずっと――――――










END