大きな栗の木の下で
仲良く 遊びましょう
















大きな栗のの下で
















今日も今日とて、私は、
氷帝学園が誇る広いグラウンドを一望できる、この木の下で―――――――








「なぁ、。あの娘・・・・・・・・・なんて名前か知っとる?」
長い足を前に投げ出して座りこんだ侑士が、大きな幹にもたれかかったままそう言った。
「あぁ、ハルカちゃん?」
指差された方に目をやれば、そこには体育着のまま、授業で使ったのであろうハードルを片付ける元クラスメートが居た。
「ちょっと・・・・・・声、かけてこいや」
親指をクイっと突き出して言う侑士に、私はため息がこらえきれない。
「やだ」
即答した私から視線を外した侑士は、再びグラウンドを眺めながら目元を緩ませている。
「短パンは・・・・・・」
ええなぁ、と満足気に呟く姿は、いくら顔が整ってるからといっても許されないほど、エロ親父そのものだ。
「なぁ、お前もそう思うやろ?」
同意を求められても、困る。
「んー」
聞いてないフリをして視線をグラウンドから逃がすと、知った顔が目に入った。
「おぉ、長太郎やんか」
私の視線を追って、校舎と体育館をつなぐ吹き抜けの渡り廊下へ目を向けたらしい侑士が、そう言った。
「日吉も居るやん・・・・・・体育館でなんかあったんか?」
制服のまま体育館から校舎へと流れていく2年生の群れを見ながらそう言う侑士に。
「・・・・・・よく見えるね」
常に頭一つ分はみ出してる長太郎はまだしも、米粒ほどの大きさにしか見えない顔をこの位置からよく判別できたな、と思い私は言った。
「俺、視力両方10.0やし」
「それ見えすぎだし」
語尾にかぶる勢いで言ってしまった後、私は眉根を寄せてため息を吐いた。
そんな私に、侑士は。
「・・・・・・お前、ツッコミ早なったなぁ」
えぇ傾向やで、と。
ふーん、て。
ふーん、て言うつもりだったのに。
そんな満足気な顔をさせるつもりじゃなかったのに。
「俺の秘密、いっこだけ教えたろか?」
脈絡もないもったいぶった言い回しに、訝しげな視線を送ると、眼鏡の縁に指をかけた侑士が。
「この眼鏡な――――――」
「ビームが出るんでしょ?はいはい」
知ってる知ってる、と。
呆れた顔で私が言うと、侑士はなぜか満足気に笑った。
くだらない会話。
だけど、どこか気に入ってる。
この空気が。
「ダテ眼鏡なんか外したら?」
全然似合ってないよ?って。
心にもないことを言って。
「そしたら、俺明日からヒゲ眼鏡やん」
「そうそうヒゲ眼鏡・・・・・・・・・って、なんでやねん」
ビシっ、と。
ツッコミを入れてしまってから、またため息を吐く。
「もうイヤ・・・・・・・」
呟きながら。
本当は。
そんなにイヤじゃないのが、イヤなんだ。
「つーか、お前こそ、そのジャージ脱げや」
眼鏡外せ発言に当てこすって、侑士が私の足を指差した。
「やだ」
スカートの下に履いてる、膝頭までくるくるっと捲くったジャージ。
「このクソ暑い時期に、なんでんなモン履いとんねん」
クソ暑い、は言いすぎだけど、確かに季節は刻々と夏へ向かってる。
体育の授業の時でさえ、ジャージを着てる人間はほとんど居ない。
「このジャージね」
ビーム出んの、と。
言ってみれば、侑士は緩い笑いを漏らす。
「なんや、俺の眼鏡とおそろいやん」
「そーですね」
「なんで、んな嫌そうな顔しとんねん」
触れそうで、触れない。
この、距離がいい。
「そしたら、俺が脱がしたろか?」
「なんの話だよ」
「足は見せてなんぼやで?」
ジャージを引っ張りながら。
常とは違う無邪気な顔で、にっこりと微笑まれて。
私はジャージを強く押さえながら立ち上がった。
「ちょっ、落ち着けよ」
言ってから、自分がそうとう慌てていることに気が付いた。
「お前がな」
そう言いながら、侑士は人のジャージを引っ張り続けている。
引っ張る侑士と、それを阻止する私。
ずりずりと落ちていくジャージ。
負けは近い。
思わず口をついて出たのは。
「・・・・・・・・・取ーれーばーいー」
「おまっ、それ誰の真似やねん!グラウンド100周走らされたいんかっ?」
口を開くと同時にジャージを掴む手を緩めた侑士に、私は一歩後ろへ下がってずり落ちかけていたジャージを直した。
「ばーか」
安全圏まで下がって、ケケッ、と笑ってみせると、侑士は顔をくしゃっと崩して笑った。




この、距離がいい。
だから。
明日もまた。
大きな栗の木の下で。










END