部活が終わり、陽も落ちて。 閑散とした校内で。 最後の一人が、立ち上がり。 職員室の明かりを落とす。 見計らったかのように、現れて。 密かに交わされる、静かなサイン。 目と目で示しあい、そして集う。 月明かりを頼りに。 灯もつけずに、ひっそりと。 音の無い、狭い部屋。 囁かれる声は今、五色。 |
プロローグ
「・・・・・・本当にやるの?」
小さく座り込んで訝しげに眉を寄せるのは、青春学園男子テニス部ただ一人のマネージャー、。
「あったりまえだろー」
の言葉に答えたのは、企画発案者の菊丸だった。
「でも、英二。七不思議、って・・・・・・全部知ってるの?」
「うんにゃ?」
不二の言葉に簡単に答えた菊丸は、知らない、と首を横に振った。
青学七不思議スポット巡りをしよう、と言い出した菊丸に、皆一度は首を横に振った。
それを説き伏せて、めでたく今日を迎えた菊丸が―――――
「・・・・・・知らないんスか?」
最後まで帰ると言い続け、結局桃城に引きずって連れてこられた越前は、深いため息をこぼした。
「二つは知ってるし、だいじょーぶ!」
皆が集まれば七つくらい集まるさー、と簡単に言ってのけた菊丸は、不二を見て。
「不二だって一個くらい知ってるだろー?」
と、言った。
「あぁ・・・・・・いくつか、ね」
その答えに菊丸は、ほらぁー、と胸を張った。
不二の(試合中でもないのに)開いた瞳に、は背筋を緊張が駆け抜けるのを感じた。
その様子を見て、不二はの肩をそっと抱き寄せて言った。
「大丈夫だよ―――――――――僕がついてるから」
残念ながら怖がらせているのが自分だということには気付かなかったらしい。
「そ、そうだ、私も一個知ってるんだ!」
誰が見てもわかるであろう無理に作った笑顔でが口を開いた瞬間――――――
ガラッ
「待たせたな――――――――どうした、お前達」
強張った表情で自分を見つめる四人に、手塚は眉をしかめた。
「遅かったね」
いち早く気を取り直した不二が、扉に手を掛けたままの手塚に向かって微笑んだ。
「あぁ、乾が・・・・・・」
「七不思議の聞き込みを、ちょっと、ね」
扉の影になっていた場所から顔を現した乾が、鞄からノートを一冊取り出して口を開いた。
「四つ、集まったよ」
得意気にノートを掲げる乾に、菊丸が声を上げた。
「じゃあ、これで七つじゃん!」
菊丸の二つと、乾の四つ。そして、の知っている一つ。
「待って、英二。重複してる可能性もあるんじゃない?」
「あ、そっか!俺が知ってるのはねー、『家庭科実習室の変』とー、『呪われた植木鉢』!」
菊丸の言葉を聞きながら、乾はノートを開いて目を落とした。
「・・・・・・無い、な」
菊丸の知っている二つは、ノートにメモしたどれとも重ならなかったらしい。
「『家庭科実習室の変』て、どんなんスか?」
面白そうに目を輝かせた桃城が菊丸にたずねると、菊丸は人差し指をピンと立てて話し始めた。
「えっとねー、家庭科実習室の前を夜通ると、家庭科の先生に一目ぼれした理科室の人体模型が、着てはもらえぬセーターを編んでるんだってさー」
話の途中で、すでに聞いている全員の視線は方々に散っていた。
皆一様に呆れた顔をしている。
「突っ込みどころ満載っスね」
一番に口を開いたのは越前だった。
「そうだな・・・・・・まず、ウチの学校には人体模型なんか無いぞ?」
その柔らかな声が聞こえた瞬間、室内に一瞬の沈黙が訪れた。
「大石ー!」
菊丸の上げた声に、菊丸、大石を除く全員が振り向くと、そこには目を細めて笑う大石が居た。
「いつから居たの!?」
そして、菊丸が続けた言葉に室内の空気が凍りついた。
「き、菊丸くん!」
が諌めるように声を上げたが、大石は一向に気にしていない様子で。
「で、『呪われた植木鉢』の方はどんな話なんだ?」
そう、言った。
その言葉を聞いた全員の心境は・・・・・・・・・
「本当に、いつから居たんだ?大石」
「ちょっ、手塚くん!」
再び諌めるように声を発しただったが、
「みんな菊丸くんの話に気をとられてて気付かなかっただけだから!
別に大石くんの影が薄いとか存在感が無いとかそういうワケじゃないから!」
フォローには向かなかったらしい。
「・・・・・・、誰もそこまで言っていない」
手塚に御されて、はハッと目を見開いた。
「いや、いいんだよ。で、『呪われた植木鉢』は―――――?」
幸いにして、大石の心は『”影が薄い”疑惑』よりも『呪われた植木鉢』に向いているようだった。
「『呪われた植木鉢』は、結構最近の話らしくてー」
促されて話し始めた菊丸に、室内は平常を取り戻した。
「三階の一番端の空き教室に、放課後どこからともなく男子生徒が現れて、
何かの植わった植木鉢を眺めてるんだってー」
そこで言葉を区切った菊丸に疑問が飛んだ。
「それだけっスか?」
「空き教室に植木鉢なんか置いてあったかな・・・?」
越前と大石の言葉を聞き終わらない内に、再び菊丸が口を開いた。
「だーかーらー、あるかどうか見に行くんだろ!
そんでそんでー、その植木鉢には男子生徒の呪いがかかってるんだって!」
「呪いって、なんスか?」
「それはー、わかんないけど・・・・・・その男子生徒は植木鉢に紫色の液体をかけながら、毎日ブツブツとなんか言ってたんだって!」
その言葉が終わるのと共に、一斉に自分の元へと向かった視線を受けて、乾は下がってもいない眼鏡を直した。
「・・・・・・一応言っておくが、俺じゃないぞ?」
乾が三度静まり返った部屋の沈黙を破った次の瞬間。
「植木鉢なら、あるよ?」
ずっと黙り込んでいた不二が口を開いた。
「僕がサボテンを植えた植木鉢が、ね・・・・・・確かに、乾に作ってもらった栄養剤は紫色だったし、
サボテンは話しかけると育つって言うから、話しかけてもいたけど―――――――ねぇ、英二」
「その話、誰から聞いたか教えてくれる?」
月明かりを受けて光った不二の双眸に、その場に居る全員の顔が恐怖で引きつった。
「え、えっとー・・・・・・あ、あれ?誰だったっけなー?」
忘れたフリで切り抜けようとした菊丸の顔に、鋭い視線が突き刺さる。
「言っておくけど―――――とぼけても無駄だよ?」
「二年のっ」
「ダメーーーーーー!!」
あっさり白状しかけた菊丸の声に、の声が重なった。
「あ、その・・・いや、なんていうか」
「どうしたの、?・・・・・・怖がらせちゃった、かな?」
ごめん、と先程の様子からは考えられないほど柔らかい声で言った不二は、の肩を抱き寄せた。
「僕が守るから、なんて言っておきながら自分でを怖がらせちゃうなんて・・・・・・情けないや」
続いた言葉に、室内はにわかに騒がしくなった。
「言ったか?」
屈んで越前に問いかける桃城と。
「言ったんじゃないっスか?」
それに答える越前の声は、天災を恐れてか小さくひそめられていた。
「いつの間に・・・・・・」
「不二、仕事早ー」
「あの二人は付き合っていたのか?」
驚きを隠せない三人の声に重なり。
「そうか、ついにまとまったか。よかったな、不二」
大石が、誰に聞かせるわけでもなく感動の声を上げた。
「ちょ、ちょっと、それよりも七不思議・・・・・・」
肩に回された腕をさりげなく解きながら、は腕時計をしている方の手首を前に差し出し。
「早くしないと、帰れなくなっちゃうよっ?」
そう言うと、全員が慌て始めた。
「そうだな、確かに」
乾の言葉に続き。
「タカさんと海堂が来てないけど―――――」
大石が遅刻者の名を挙げた。
しかし、手塚の「途中で合流できるだろう」という強い声に押されて。
全員の視線が、部屋の扉へと集まった。
「じゃあ、行くか」
時刻は現在、午後十時。
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