静まり返る校舎の外に。
未だ尚、宿り木を探し続ける鳥の声。
寂しく、細く、切なげに。
月明かりと共に、迷い込み。
進む道を照らし、緩く揺らめく。













第一夜












「何をしているんだい?」
背後から突如響いた声に、一行は驚き足を止めた。
恐る恐る振り向くと、そこには廊下を照らす朱色の灯りと、一人の男性が居た。
黙り込む一行に視線を留めつつ、男性は再び口を開いた。
「ここの生徒、だよね?」
「ハ、ハイ・・・・・・・・・・そちらは?」
大石が言葉を返すと。
「あぁ、なるほど!」
その言葉になにやら納得したらしい男性が声を上げた。
「僕は、今日の当直を任されてる用務員の山崎といいます。よろしく」
笑いながら、泥棒じゃないよ、と付け加えられて、大石は恥ずかしそうに笑顔を返した。
「で、キミ達はどうしたのかな?」
目を見合わせることもなく。
「忘れ物を、取りに来たんです」
打ち合わせ済みのセリフを返したのは、手塚だった。
「そうか。じゃあ、気をつけて」
あっさりと納得した山崎は、そう言うと懐中電灯を持った手を振りながら逆方向へと去って行った。




「ビックリした・・・・・・」
菊丸が思わずこぼした言葉は、その場に居る全員の心を代弁してるかのようだった。
「巡回中だったんだね」
の言葉に、皆それぞれ頷きを返しホッと息を吐いた。
「そいえば・・・・・・乾ぃ、一個目の不思議ってどこ?」
気付けばもう、校舎の端まで辿り着いてしまっていた。
乾がノートに目を落としながら歩いているのを見て、乾が行く方向に進めばいいや、とそれぞれが考えていた結果だった。
「裏庭」
短い言葉は不用な想像を駆り立てるもので、何かおどろおどろしい事を思い浮かべてしまったらしいと菊丸が背筋を震え上がらせていた。
角を曲がったすぐそこに、裏庭へと続く扉は存在した。
その重い扉を目一杯の力を込めて開くと、夏の夜独特の温く、そして時折涼しい一筋の混ざる風が吹き抜けた。
「裏庭って・・・・・・」
「けっこう、暗いね」
細く響いたの言葉を受けて、不二は続けた。
「危ないから、僕に掴まっていて――――――あぁ、それより・・・・・・
僕の可愛い妖精が闇にさらわれたりしないように、しっかりと抱き締めて歩いた方が、いいのかな?」
その時、運悪く不二とに左右を挟まれて立っていた桃城は、前と後ろのどちらに退くか真剣に迷っていた。
そこへ、一番前に立っていた乾が振り向き。
「残念ながら、不二。その必要は無い」
目的地はすでに目の前だ、と告げた。
「先輩ー、裏庭の怪談ってなんなんスか?」
好機を得た、とばかりに桃城は、不二との間から抜け出し、乾の横へ駆け寄った。
「アレが、校庭を走るらしい」
乾が指差す方向には、月明かりに頭部を輝かせる――――――
「初代校長の像、っスか?」
年季を感じさせるその像から思わず目をそらしてしまった桃城は、乾にそう聞いた。
「あぁ。目が合ったらきちんと挨拶しないと、追いかけてきて長い説教を始めるらしい。
しかし・・・・・・・・・ちゃんと居るな」
困った、と呟いた乾に、桃城は慌てて口を開いた。
「こ、困んないっスよ!さ、次行きましょ、次!」
「仕方ない、そうするか。次は―――――――」
言いながら乾がノートに目を落とすと、突然降ってきた雫が一つ、二つ、と紙の上に丸い染みを作った。
「あめ・・・・・・?」
の呟きに、全員が空を見上げた。
見上げたその顔を、次第に大きくなる雨粒が濡らしていく。
しかし、月は変わらず空を照らしていた。
「狐の嫁入り、だな・・・・・・一度校舎内に戻ろう」








校舎に戻ってすぐの場所に位置する教室に飛び込んだ面々は、
思い思いの場所に落ち着き、皆一様に窓の外へ視線を向けていた。
「結構降ってきたな・・・・・・どうする、乾」
窓の外へ向けていた目を室内に戻し、大石は乾の方へ視線を向けた。
「心配するな、すぐ止むよ。狐の嫁入り行列が通り過ぎるまで、少し待つことにしよう」
笑いながら壁に寄りかかる乾に、菊丸が「二個目の不思議はどんなのー?」と、声を上げた。
「裏庭の柵の外に、公園があるだろう?」
学校と隣り合わせの敷地にある小さな公園は、その近さのわりにあまり知られていなかった。
裏庭にまで足を運ぶ生徒が居ない事と、周辺には数件の民家があるだけで、その前を通りかかる人間も居ないせいだろう。
「そこから、夜になると手毬唄が聴こえるらしい」
幼い少女の声で、と続けた乾に、菊丸は水滴のしたたる窓へとすがりついた。
「俺、それ系ダメなんだよー」
情けない声を上げる菊丸に苦笑しながら、大石はまた窓の外を見て眉をしかめた。
「上がらないな・・・・・・三つ目を先に回ることにしないか、乾?」
「三つ目はまったくの逆方向になってしまうんだ・・・・・・しかし、そろそろ上がってもいいはずなんだが」
乾の言葉に、全員の目が窓の外へ向けられた。
「あ、そうだ!が知ってる七不思議の一つって、どんなんだかまだ聞いてなかったよな?」
すがりついていた窓から飛びのき、菊丸が興味津々といった様子でを見た。
「えっと・・・・・・用務員室の話、なんだけど」
そこまで言ってが乾の様子を覗うと。
「かぶってない・・・・・・みたいだな」
乾はそう言いながら、ノートを確認し顔を上げた。
それを見て、は先を続けた。
「用務員室で仮眠を取ってると、部屋の中を歩き回る音がするんだって」
「それならさっき、体験者候補第一位と会ったじゃん!」
菊丸の言葉に、は「あ!」と声を上げた。
「じゃあこれで・・・・・・五つ、か」
乾がノートに手早く書き取っていると。
「上がったようだな」
ただ一人窓の外へ目を向けていた手塚が、そう言った。
「じゃあ――――外へ出よう」
乾がそう言って教室の扉を開けると、そこには河村が立っていた。
「い、居た!おーい、海堂ー!」
本人的には精一杯ひそめているのであろう声で河村が呼びかけると、その先から海堂が小走りに駆け寄ってきた。
「・・・・・・ス」
海堂は教室の前まで辿り着くと、遅刻の詫びなのか挨拶なのか、全員に向かって小さく頭を下げた。
「これで全員揃ったな」
大石が安堵の笑みを浮かべると、それに手塚が頷いた。
「行くか――――――」








時刻は現在、午後十時四十分を回ったところ。


一、初代校長の像










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