秘め事に、集う者も居ない此処。 静謐に、静謐に。 まるで神を祀るように。 和を乱すモノは、一つも非ず。 しかし、また。 ただ、一夜。 今夜だけは、また違う。 嫁入りのくるまが通り過ぎゆく、後を見つめ。 忍ばせる足にも、特赦がそそごう。 すべては、それ。 外灯に集う虫達だけが、知りえる事と。 |
第二夜
柵の向こうに、その公園は見えた。
「なーんだ、別に普通の公園じゃん」
強がっているかのように聞こえた声だったが、言った本人は平然としていた。
「しかもさー、これって学校の不思議じゃないじゃん」
菊丸が横に立つ乾の方へ顔を向けると、彼は公園へ視線を巡らせながら答えた。
「いや、校内からじゃないと肝心の手毬唄は聴こえないらしい」
しかし、いくら見回してみたところで何かが見えるわけでもなく、そこからは一つの物音も聞こえはしなかった。
「そういえば、手毬唄って聴いたことないな」
大石の言葉に。
「俺も俺もー!」
菊丸が続く。
そして全員の視線は乾に集まった。
「一般的には『無花果人参』、だろうな」
そう言った乾が、「無花果、人参、山椒に椎茸」と小さく口ずさむと、全員が納得したように首を縦に振った。
「あとは、地方によって色々あるが、『一番はじめは』『向かう横丁のお稲荷さん』『一かけ二かけて』・・・とまぁ、俺が知ってるのはそんなところだ」
そこで言葉を区切った乾が、再び園内へ視線を投げた。
「しかし、ここも異常無しか・・・・・・・・・」
乾の言葉に、全員の顔が心なしか緩んだようだった。
「七不思議なんて、しょせんそんなもんスよー」
な、越前!と、桃城は自分の前に立つ越前の肩を叩いた。
「そうっスね」
樹々の合間、その端々に見える闇に捕まりそうになっていた心も、また明るいもので満ち始め。
「じゃあ、次に行くとするか」
一行は柵から離れ、また来た道を戻り始めた。
濡れた草を踏みしめる音と、桃城の明るい声。
その中に。
ちゃりん
「・・・・・・ねぇ、誰か小銭落とした?」
小さな音を聴いたが、全員に向けて尋ねた。
すると、全員は顔を見合わせ。
「・・・・・・いや?」
落としてないが、と答えたのは手塚だった。
「どうしたの、?」
突然自分の肩に乗った手に、の心臓は飛び上がった。
そして、恐る恐るその手の持ち主が不二であることを確認し、ホッと息を吐く。
「小銭落としたような音、しなかった?」
幻聴、と言ってしまえばそれですむような、小さな音だった。
「、ココで落としても音はしないと思うけど」
大石が足元を指差しながら。
「草と土だし」
そう言うと、
「あ・・・・・・だ、だよねー!」
は恥ずかしそうに頬を染めて笑った。
「で、乾。次はどこなの?」
立ち止まっていた一行の足を促すように、不二は乾に向けてそう聞いた。
「次は正面玄関に続く廊下だよ」
乾が少し足を進めるのを見て、全員の足も再び動き始めた。
「大石ー、トイレ行きたくない?」
校内を真っ直ぐ先へと進む中、菊丸が声を上げた。
「別に――――――あぁ、じゃあ今のうちに行っておこうか」
苦笑した大石の手を掴み、菊丸は先に見えるトイレへと足を速めた。
「じゃあ、俺も行っておこうかな」
そう言って、河村が二人の後に続き。
それをかわきりに、その場に居る全員が――――――
「み、みんな、ちょっとっ」
一人きり残されそうになったが、声を上げると。
「も、トイレに行きたいの?いいよ、僕がついて行って」
あげる、と続けられそうになった言葉は、小さな笑い声に遮られた。
「それは、犯罪じゃないかい?」
後ろから聞こえたその声に、が驚き振り返ると。
「忘れ物、どこまで取りに行っていたのかな?」
おどけた声でそう言ったのは、先ほど出会った用務員、山崎だった。
「あ、あの」
言いよどむの様子に、また笑った山崎は。
「あぁ、いいよいいよ――――――夏だし、ね。毎年いるんだよ」
君達も肝試し?と尋ねられて、は小さく頷いた。
「用務員さんは、また巡回ですか?」
大人が傍に居るというだけで強い安堵を覚えたは、彼を引き止めるように言葉をつなげた。
「僕は・・・・・・デート、かな?」
「デート?」
オウム返しになってしまったのは、そんな言葉が返ってくることをまったく予測していなかったからである。
「僕の彼女がね、そこの公園で待ってるんだ。犬の散歩のついでに、だけど」
そう言って差された指は、達が先程までいた裏庭の方向へ向けられていた。
「じゃあ、そろそろ時間だから」
去っていくその足取りは、とても軽やかだった。
「みんな、遅いね」
不二に肩を抱かれ、トイレの前まで様子を見に行くことも許されないが口を開いた。
「気を使ってくれてる、のかな?」
返ってきた言葉は、言った本人の顔と同じに、柔らかく綻んでいた。
「が、いつも僕から逃げるのは」
照れてるからだって、思ってもいいよね?と、内緒話のように囁かれた声が。
月明かりを纏う廊下に、緩く溶ける。
窓に背をもたれたまま、近づく顔と逃げる顔。
やがて、肩に回された手が首元を優しくすくい。
重なりゆく、影と影。
時刻は現在、午後十一時。
二、校内に響く手毬歌