探し求める先にあるモノは、ナニか。
足音はヒタヒタと。
全てが常とは違う空気を纏う。
入る光と、落ちる闇。
夜の校舎が、魅せる幻。













第三夜












「どぅわぁぁぁぁぁぁっっ!!」
突如聞こえたあまりにも情けない叫び声に、は不二の腕を振り解き後ろを向いた。
「せ、先輩〜っ」
叫び声の発信者は、トイレから勢い良く飛び出してきた桃城だったようだ。


「・・・・・・・・・・・どうしたの、桃?


触れ合いそうにまで近づけたその時の角度のままで止まっていた顔が、緩やかに上がるのと共にその双眸は見開かれた。
「ヒィッ―――――――」
駆け寄る足が一瞬にして止まり、桃城が何歩か後ろへ下がると、その背が何かにぶつかった。
「おい、桃。退いてくれ」
苦笑しつつ声を上げたのは、後退してきた桃城のせいで前を塞がれた大石だった。
「大石くん・・・・・・・・・・・桃ちゃん、どうしたの?」
桃城の様子に眉をひそめたが口を開いた。
「あぁ、さっきね――――――」



「トイレといえばアレっスよね」
言い出したのは越前だった。
「あぁ、アレか」
そう言った大石の視線は、男子トイレただ一つの個室へと向けられた。
「アレ、だな」
徐々にそこへと集まる視線。
「三回、だったか?」
一歩前へ踏み出した手塚が、言った。
彼もまた、その外見からは想像がつかないが、好奇心旺盛な少年であったようだ。
「ちょ、ちょっと、部長ー。やめましょうよー」
桃城が止めるも間に合わず。




コン、コン、コン―――――――




「「「「「「「はーなーこーさーーん」」」」」」」




桃城を抜いた全員の声がキレイに重なった。




「ハーイ」




「どぅわぁぁぁぁぁぁっっ!!」




「って、ワケさ」
苦笑を浮かべたままの大石に、桃城は眉を下げてその大きな体を小さく丸めていた。
「しょうがないじゃないっスかー」
「なんだ、だらしのない奴だな」
手塚の声に、桃城がバッと顔を上げた。
「だいたい、『ハーイ』なんて言ったの誰なんスか!?」
憤った桃城に。
「俺に決まってるだろう」
手塚が答える。
「しかし、見事な裏声だったな、手塚」
乾の言葉に、手塚はその目元を緩めた。
「ていうか、桃先輩――――――花子さんは、女子っスよ?」
男子トイレに居るわけないじゃないっスか、と言いながら越前が鼻で笑うと、桃城が立ち上がり。
「てめっ、越前っ」
「なんスか、桃先輩?」
「まぁまぁ、二人とも・・・・・・」
睨み合う二人に、大石が駆け寄る。
「そろそろ行こうか」
「おぅ!」
乾の言葉を受けて頷いた菊丸が、大石になだめられやっと平常心を取り戻した桃城の肩に、手をかけた。
「チビらなくてよかったにゃー」
それに習うように、桃城の肩には次々と手が乗る。
「きちんと出した後でよかったな」
「しっかりしろ、桃城」
「でかいわりに小心だな」
最後のセリフにはオプションで鼻笑いがついていた。
「マムシっ」
「まぁまぁ、落ち着け、桃」
憤る桃城と再びなだめる大石、その二人を尻目に先へと歩き始めた一行はその時、窓の外に動くものを見て立ち止まった。
「・・・・・・・・・・犬、か?」
窓の外を走るものは、一匹の犬だった。
「なぁ、手塚。あの犬、見覚えがないか?」
乾が尋ねると、手塚が一歩窓へと近づいた。
「あぁ・・・・・・あれじゃないか?学校の前で――――――」
「あぁ、そうか。あの時の」
「しかし、なんで校内に?」
「散歩中だと言ってたじゃないか。きっと迷いこんだんだろう」
なにやら納得している様子の二人に、菊丸が声を上げた。
「二人して、一体なんの話だよー」
不満気に口を尖らせた菊丸を見て、乾は少し苦笑した後、説明するために口を開いた。
「七不思議の聞き込みをしてきたと言っただろう?
さっきの公園の話と次のもう一つを教えてくれた女性が、犬を連れてたんだよ」
それが今窓の外を走って行った犬なんだ、と乾は言うと、少し間をおいてまた口を開いた。
「しかし、すごい偶然だな――――――次の怪談に出てくるのも犬なんだ」
微かに驚きを滲ませつつ乾がそう言うと、は寒くなったのか自分の手で自分の腕を擦った。
、寒いの?僕が抱き締めていようか?」
心配そうにの前に立った不二が答えを待たずに腕を回そうとしたが、
いち早くそれを察知したに避けられてしまい、その腕は空を切った。
「そ、それより、次の怪談ってどんなの?」
乾いた笑いを滲ませてが尋ねると、振り向いた乾の眼鏡が月明かりを受けキラリと光った。
「『異界へと誘う犬』―――――――本校舎の正面玄関まで続く廊下があるだろう?
そこに居ると、どこからともなく犬が現れ、異界へと連れていかれるらしい」
その犬に関する詳細は不明、と続けた乾だったが、思い出したように付け加えた。
「下半身の無い犬だという話もあるし、ただ足をひきずっているだけだという話もある、とその女性は言っていた」
乾の話にその場は静まり返り、ただ彼の低い声だけが廊下に響いた。
「と、とにかく行ってみましょうよ!」
桃城が、この場に立ち止まっている方がよほど怖い、と言わんばかりに明るい声を響かせた。
そして、なぜか海堂の腕を掴み、ずんずんと先へ進んでいく。
それを見て苦笑を浮かべつつ、やがて全員が歩き始めた。
向かう先は、正面玄関へと続く廊下。








「居ない・・・・・・」
辿り着いた先で立ち止まること、もうすでに五分。
犬は未だ現れていなかった。
「やっぱり七不思議なんてのはこんなもんなんスよ、先輩!」
そう言いつつも、常より大きな声を出す桃城の真意は明確であった。
「リサーチ不足がたたったな・・・・・・」
非常に残念そうな声を出す乾の肩を手塚が叩く。
「お前はよくやった。そう肩を落とすな」
手塚の言葉に顔を上げた乾が、静かに頷くと。
「ねぇ、次はどこ?」
ずっと変わらずの横に立つ不二が口を開いた。
「次は、三階の一番端にある教室だが―――――」
答えた乾に、不二は微笑んだ。
「じゃあ、僕が知ってる二つを先に回らない?」
不二の言葉に、その場がざわついた。
「え、え?じゃあ、ソレで七つじゃん!」
指折り数えた菊丸が、驚きの声を上げる。


「―――――そうだね


クス、と意味深に笑った顔は、常とは違いその場に居る全員に恐怖を覚えさせた。


じゃあ、行こうか








時刻は現在、午後十一時半を少し回ったところ。


三、異界へと誘う犬










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