一段、上るその度に。 胸を占める、感情は。 恐怖か。 狂喜か。 郷愁か。 それは誰にも、わからない。 |
第四夜
白い月明かりの差し込む階段は、まるで霧がかかっているかのように見えた。
「不二の知っている二つっていうのは、どんな話なんだ?」
階段を上りつつ、そう口を開いたのは乾だった。
「一つ目は、『笑う理科室』だよ」
誰も居ないはずの理科室から突然笑い声が聞こえるらしい、と続けられた言葉に。
「だから・・・・・・・・・俺じゃ、ないぞ?」
再び全員からうろんげな視線を向けられた乾が、足を止めて言った。
「わかってますってー」
慌てて返した桃城の言葉には、少々落胆が含まれていた。
そうだったらいいのに、という希望的なものがあったのだろう。
そして、再び動き始めた足音の中。
「あぁ、そうだ桃城、知っているか?」
乾の横に立ち先頭を進む手塚が振り返り、常と変わらぬ無表情のまま口を開いた。
「なんスか?」
答えた桃城に。
「階段というのは、空間と空間を繋ぐものだろう?」
手塚の言葉に嫌な予感を感じた桃城は、顔を強張らせた。
「振り向くと稀に、違う次元が顔を覗かせる事があるらしい」
その言葉に、桃城の足が止まり。
「あと、冷静に足音を数えてみると、一つ多かったり、とか」
越前が桃城の横をすり抜けながら、一つ付け足し。
「―――――――オイ」
「うわぁっっ!!」
真後ろから聞こえた声に、桃城は飛び上がった。
「さっさと上れ」
振り向いたそこに立っていたのは海堂だった。
促され、歩き始めた桃城の耳には、ただ、ただ、静かな足音。
ひたひたひた、ひたひたひた。
十人分の足音が、一つ多いような気がするのも。
背中に気配を感じるのも。
すべては、夜の校舎が魅せる幻。
「聞こえない、な」
暗い理科室で、響く声には落胆の色。
夜の理科室の異様な雰囲気に、は自分の手で剥き出しの腕を強く擦った。
「じゃあ、次に行くか」
あっさりと見限るのは、室内の怪しい空気のせいだろう。
何も無いとわかっているのに、何かがあるような気がしてくる。
理科室を後にする足は皆一様に焦り、そしてそんな心にひたすら平静を命じるかのような、そんな足取りだった。
「うわぁっっ!!」
全員が理科室から出たその瞬間、桃城が短い悲鳴を上げ突然走り出した。
その悲鳴に驚いた全員が、また桃城の後に続く。
しばしの間、その長い廊下にはドタドタと走る足音だけが大きく響き渡った。
「ど、どうしたんだ、桃?」
廊下の端に辿り着き足を止めた桃城に、続いて足を止めた大石が口を開いた。
「だ、誰かが、肩・・・・・・・・・」
自分の肩を指差し涙混じりの桃城に。
「あぁ、俺だよ」
ゴメンゴメン、と言ったのは河村だった。
「つまづいちゃってさぁ、丁度前に居たから」
その肩に掴まったのだ、と言いたかったのだろう。
しかしその言葉は、堪えきれなかったのであろう笑いで途切れた。
そして、幾重にも響く笑い声の中に、細い声が一筋。
「あの・・・・・・・・・も、大丈夫だから―――――――――降ろしてくれないかな」
その声の方向へ目を向けると。
「あの、不二くん」
そこには、を横抱きにした不二が居た。
身じろぎもしない不二と、その開いてるのか閉じてるのかわからない瞳に、
その場に居る全員が、居眠りでもしているんじゃないか、という疑惑を持ち始めた頃。
「・・・・・・ねぇ、不二くん?」
「――――――どうしたの、?」
やっと、不二は口を開いた。
「もう、大丈夫だから」
降ろして?と言うに。
「え?ゴメン、聞こえなかったや・・・・・・もう一回言ってくれる?」
答える不二は、笑顔である。
「嘘だな」
「そうっスね」
桃城と越前はひそめた声でそれだけ言い、うろんげに視線をさまよわせた。
時刻は現在、午後十一時四十二分。
四、笑う理科室